笑いのアル生活

日常にクスッとした笑いをみつけたい

インプラントの思い出

あれは忘れもしない、いつだったか(なんだ忘れてるじゃん)
とにかくかれこれ10年以上前のこと、

若い頃から歯がボロボロで、
あまりのひどさに診療拒否にあったことも数知れず、
そんな時知り合いに「あそこはいいよ」と教えてくれた歯科へ行ってみると
先生はゴルフ焼けとおぼしき顔に短髪で
実際はかなりお歳を召されてらっしゃるであろうけど若々しい感じを受け、
「オレは褒めてもらうのが一番嬉しい」と自尊心の塊のような存在。
診察してくれるだけでありがたかったのでそこへ通うことに決めると、
長年放置されていた歯でも果敢に治療を行ってくれたうえに早い。

早いのはいいけど何の治療をしてどうなるかの説明がほとんどない。
さらに難をいえば、歯の被せなどがちょっと目立つような気がして、
まさか歯のサイズを大きくすることはないでしょうが、
治療した歯が「オレは被せだぜ」と自己主張する感じを受けるのです。

先生は
「うちは矯正もインプラントもやってるからね」と頼もしいかぎりで
お客さん(患者さん)も少ないので待たされることはなくいいことづくめ。

あるとき
「これは抜かないとダメやねぇ」と大きな虫歯ができた奥歯を抜き、
「抜かれてしまったあとはインプラントでもしてもらおう」と思っていると
特に悪いところはないと思われる、抜いた横の歯の被せもやり直し、
それにしては根っこの部分にヘンなくぼみがあって
「あれ? これは何だろう?」と治療を進めていると
入れ歯をひっかける針金のフックであると分かり
「先生。せっかくですがわたくしはインプラントをしてもらおうと思っていたのです(この歳で入れ歯はイヤです)。インプラントもやってらっしゃるのですよね」
というと
「あっ、インプラントね」と驚いた様子。

日程を調整して当日の患者はわたくし一人。
手術のために病院をクローズしてくださったのです。
施術用のイスに座ると見知らぬ男性がおられ、
先生となにやら親しげな様子で雑談を交わしていました。
そして挨拶もそこそこにインプラントの埋め込み手術の開始です。

今回は事前に採血を行い、
血液の成分を分離して小さな袋状にし、
歯茎を縫合する際に埋め込むとのこと。

こうすると治りが早いそうで、
自分の血液から作った成分を、歯茎の中に入れて治療に生かす
他ではやっていない革新的なことをやると事前に知らされていたのです。

自分では全く見ることができないのですが、
歯茎を切開して骨を露出させ、そこにドリルで穴をあけます。
見知らぬ男性が先生に指示を出す声が聞こえ、
どうやら先生は友だちの歯医者に応援を依頼した様子。
さらに会話の節々から、先生はインプラントの手術が初めてで、
わたくしが施術する最初の患者らしいのです。

見知らぬ男性が
「わたしならもっと思い切って切開して歯茎を広げるな」
(それだけしか切開してなくてもドリルはだいじょうぶですか?)
インプラントの径は患者によって変えるけど、オレは度胸試しで太いのを選ぶな。でも骨の横に穴をあけたらあかんよ」
(そんなこと言って、もしかすると今までに骨の横に穴をあけたことがあるのですか?)
などと助言が入るたびに
先生は「ああ」とか「うん」とか生返事ばかり。
あげくに
「もっとゆっくり。そんなあわてる必要はないから」と言われてるのに
あわてた感がわたくしにまで伝わってきて、

先生は骨に埋め込むインプラントを床に落としてしまい、
エアーでホコリをふき飛ばしただけで再使用。
時々「あっ」とか「うーん」とか唸り声が流れ、
その度に何が起こったのか気が気でなく、
仕上げの縫合時には二人そろって「あ~!」と叫んで、
これはわたくしにも分かりましたよ。
血液を分離して作った血液成分をバキュームで吸いこんでしまったのでしょ。
ボスッて音が聞こえましたもの。

とにかくなんとか手術は終わり、
数ヶ月後にインプラントが骨に癒着して歯の部分を取り付けていただいてから
この歯科に通うのを終わりにしたのでした。