笑いのアル生活

日常にクスッとした笑いをみつけたい

メール事情

以前に比べると迷惑メールはかなり減ってきて
内容も、以前だとエッチ系の勧誘が主流でしたが
最近は「あなたがアダルト動画のファンだと知っている。ばらされたくなかったらお金を振り込め」
といった類い。

迷惑メールのアドレスが自分自身からというのは
どうしてそんなことができるのか皆目分かりませんが、
おかげで大事に使っていたアドレスを1つ潰してしまったこともあります。

で、
メールアドレスを変更して
迷惑メール対策を万全にしたところ
全くメールの来ない日が続いて
つくづく友だちの少なさに気がついた次第。

メールといえば、
メールが普及してきた当初、
知り合いから
「アドレスを変更しました」というお知らせメールが頻繁にやってきて
「せっかく登録したアドレスを変更しなくちゃならないじゃないか」
と少し腹立たしく思っていましたが、
最近は皆無。

子どもに言わせると
「みんなメルアド変えるのめんどくさい」らしく
これからの主流は「めんどくさいことはやらない」です。

厳格さ

ネットニュースに飯島愛の記事があり、
彼女は意外にもかなり厳格な家庭で育ったそうで、
とりわけ父親が厳しかった。
だからAVに出演してもばれないだろう
なぜならあれだけ厳格な父親がAVなど観るはずがないから、と
まあ自分の希望的観測も含めて思いこんでいたそうで、

経緯(いきさつ)については読み飛ばしましたが
父親にバレるばれるはめになって・・・

で、
彼女の誤算は
厳格な父親=AVを観ない
と勝手に思い込んでいたところ。

他者に対して厳格な人が
自分自身に対して厳格であるかといえば必ずしもそうではなく、
逆に、他者に厳しい人ほど自分には甘かったりするもの。

古くはカトリックの教会で
懺悔に来た信者を片っ端から手込めにしていた神父などは最たる例。

飯島愛の父親が性的にだらしなかったかどうかは知りませんが、
こうした事例は多いということで。

エロティシズム

コロナ禍におけるこの2年間は
マスクをしないことは罪悪みたいなところがあって、
家の中以外では必ずマスク着用。

いつの間にか
タバコを吸うと白い目で見られるような社会になってしまいましたが、
マスクなしは喫煙と同等以上の差別的な扱いを受けるようになり

で、
保育所では大人がマスクをせずに話しかけると
泣き出す子どもがいるらしく、
これは感染症の危険を感じてではなく
マスクを外した他人(大人)を見たことがないためで、
マスクなしの人間に恐怖を感じてしまうからなのでしょう。

人間は服を着ているのが普通なようにマスクをしているのが当たり前。
服を着ずにウロウロしている大人はまともな人間ではありえず
同様にマスクをせずに話しかけてくる大人は「変態」であり、
恐怖の対象でしかないのです。

ところで
弓月光のマンガに
耳を髪の毛で隠すのが常識の社会においては
耳を見せることは恥ずべき行為であって、
そんな女性の耳を手で触ると
彼女は羞恥のあまり気絶してしまう
というのがあり、

そういえばある未開の民族では
女性が衣類で胸を隠す風習がなく、
胸は性の象徴とはなりえないというTV番組を観たことがあり、

これらのことから、隠してしまえば何でも神秘。
男性からすると女性が隠しているもの全てのが性の象徴であり、
今後さらにマスク着用の要請が続けば
鼻・唇・歯や舌が性の対象となるのは必然といえるでしょう。

欲望の世界

人間が死を迎えてあの世へ行くと
そこには楽園があって人々が幸せに過ごしている
という話がありますが、
(故スーさんがよくおっしゃってました)

あの世とこの世(現世)との大きな違いは
肉体のあるなし。

人間を構成しているのは
肉体+魂+霊(という説)で
そのうち肉体だけがなくなると思って下さい。

で、
魂か霊か
(わたくしもこの両者の違いがよく理解できていない)
その両方だかが持っている欲望はそのまま。

すると
「砂漠で喉が渇いているのにそれを癒す水がない」
のと同様な状態が続くそうで、
これはかなり婉曲な言いまわし。

美食家は食事を味わう感覚器官がない。
性的な欲求を満たしたいのにその感覚器官がない。

燃えるような欲望はあるのに
それを味わう感覚器官(肉体)がないので
将来的にも満たされる可能性はありません。

これはつらいだろうな。

肉体的な欲求といえばニコチンに対する欲求が分かりやすいか。

喫煙者が禁煙を開始すると
禁煙初期はタバコのことで頭がいっぱいで他に何も考えられず、
なんとか意識を他に持っていこうと
酒をガバガバ飲んだり、エッチなことを空想したり、激しい運動をしたりして
でも、気がつくとタバコのことを考えている。

禁煙開始最初の食事を摂ったあと
ニコチンに対する欲求はかなりのもので、
多くの人々はこの欲求に負けてタバコを吸ってしまう。

それに打ち勝ったとしても
日ごとにニコチンへの欲求はエスカレートし、
3日目には最高潮に達してスリップ。
(禁煙失敗でもスリップというのか?)

わたくしは100回ほど(約3ヶ月)それを繰り返し
あることをきっかけに3日目のピークを乗り越えて現在に至り、

こうしたニコチンに対する欲求は
喫煙時の喫煙量が大きく関係しており、
わたくしは1日20~40本のタバコを吸っていましたが、
1日2、3本の方が禁煙するのとヘビスモが禁煙するのとでは
禁煙時のニコチンに対する欲求の強さが違うのは当然。

こうした体験を基に
現世における欲求の強さを想像し
「死後の世界は最初から楽園なんかじゃないぞ」と
自分自身に言い聞かせ、

肉体的な渇望は炎のように燃え上がる。
  ↓
決して満たされることはない。
  ↓
あきらめの境地。

で、はじめてこの状態から抜け出すことができる(はず)
と勝手に想像し、

禁煙者における禁煙の苦しさは、
喫煙時のタバコの本数に比例するのと同様
あの世における欲界を通過する苦しさ(期間)を軽くするには
現世での欲を少なく生きていくのがよいのだと想像します。
(3日でピークを迎えられる人なんて少ないでしょうけど)

どこかの新興宗教
いや、老舗の宗教でもかまわないから
こんな感じであの世の説明をしてくれたら
(一時的な)信者にさせていただきますが・・・

善行を積む

「善行を積む」
という言葉がありますが、
具体的に“善”を行うというのはどういうことなのか。

せいぜい道端に落ちているゴミを拾うことぐらいしか思い浮かばない。

道端に倒れいている人を助ける“チャンス”など10年あるかないか、
財布が毎日落ちているわけではなく、
ユニセフに寄付というのもなんだしなぁ。

ところで、
散歩友だちとの雑談で、
ちょっと困ったときには誰か助けてくれても
本当に困ったときには誰も助けてくれない
ということで意見が一致したのですが、
いかがですか?

人間万事塞翁が馬

またしても散髪の話です。

先日全国チェーンの散髪屋へ行ったときのこと、
日曜日ではあっても夕方なので閑散としてお客はまばら。
「見込んだとおりちょうどいい時に来たわい」とほくそ笑み、

髪を切ってもらった後にひげ剃りをしてもらうと女性の方が担当で、
お客が少ないせいかとても丁寧。
カミソリを入れた後に
もう一度クリームを塗ってそり残しがないか顔をなで回してくれ、
男性のそれとも、いつもの女性のそれとも違って
肌にタッチする力加減が絶妙としか言い様がなく、
それを何度も何度も繰り返してくれるものだから
顔が自然にニヤけてきてしまい、
「こんなのだったらずっと触っていてもらいたいよ!」
と叫び出したくなるほど官能的。

「シャンプーはなさいますか?」の声かけに
「今日はお願いします」と即答し、
(このチェーン店では洗髪はオプションなのです)
「いよいよ洗髪だ。どんな感じで洗ってくれるんだろう」と
ドキドキしながら身構えていると
「あなた、もうあがって。あとはわたしがやるから」と別の女性と交代となり、

シャンプー前に話しかけてきたので
「えっ、何ですか?」と訊ねると
「あなたじゃないのよ」と別の男性従業員との雑談らしく、
意気消沈して洗面台に頭を差し出すと
(男性用は座った状態で頭を差し出すのです)
ガーッと頭を洗って
バシッバシッと(手荒に)水を切り、
「どこかかゆいところはないですか?」と言葉遣いは丁寧ですが
「耳の後ろがかゆいです」なんて言おうものなら
キッとにらまれて
ガーッとこすられるのが目に見えていたので
(見えはしませんが)
「いえ、かゆいところはございません」とこたえ、
ガー、バシバシ。ガー、バシバシを数回繰り返したあと
いきなり頭を叩きだすので
「これはマッサージなのか? それとも欲求不満をぶつけているだけなのか?」
と怒りにも似た懐疑心満載の心持ちで散髪を終え、

ところでわたくしは近眼のうえに老眼がすすんでおり、
なおかつ散髪中は殆ど目をつむっているので
散髪してくれている方の容姿は判別できないのですが、

髭をそってくれた女性は
若くて美人でスタイルも良く、
洗髪してくれた女性は
太い眉毛に濃いアイシャドー
濃い口紅に真っ赤っかの頬紅をしている中年女性だということが
まぶたを通して分かってしまいました。